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第16話 人形師の帳面

مؤلف: なつめ
last update تاريخ النشر: 2026-07-27 20:55:01

 井戸から噴き出した髪は、地面へ落ちなかった。

 濡れた黒い束が生き物の脚のように石積みへ絡みつき、蓋の裏から伸びた白い指を覆い、森部忠一の足首を掠めていく。五人は悲鳴も上げられず、藪の向こうへ後ずさった。

 美怜の懐中電灯が激しく揺れる。

 光の輪の中で、髪は一度だけ大きく膨らんだ。

 内側から、何十人もの顔が押しつけられたような形になった。

 額。鼻。開いた口。

 どれも黒い髪の膜を破れず、声だけが湿った束の奥で重なる。

「まだ見てる?」

「開けて」

「返して」

「ひとつ、もらった」

 五人の配信で繰り返されてきた声が、同時に吐き出された。

「走れ!」

 怜吾の怒声で、美怜はようやく身体を動かした。

 燈夜がイオの腕を掴み、藪へ引く。ちとせは倒れた森部の肩を支えた。髪の先端が五人の靴を追ったが、井戸の縁から三メートルほど離れたところで、見えない鎖に引かれたように止まる。

 髪は地面を掻いた。

 土へ何本もの筋が刻まれる。

 その一筋一筋が、文字になった。

 おそい。

 直後、井戸の中へすべての髪が引き戻された。

 ざあっ、と大量の水が落ちるような音がして、裏庭が静まり返る。
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